名士や旧家のご令嬢たちが多数通うことで知られている、毎度お馴染みの某 名門女学園は。都内の○○区という、都心寄りにあるにも関わらず、その敷地にそれは広々とした緑の空間を抱えており。手入れの行き届いた芝生が敷き詰められた、目にも瑞々しい緑の前庭や中庭は言うに及ばず。校舎に寄り添うスズカケやポプラに桜が、花の季節以外には木陰をもたらし。校舎や温室をつなぐ遊歩道沿いには、ハリエンジュが並木となって並び、青々とした小さな葉を梢に宿す。茶室用の離れには趣きのある古い楓が窓から望め、茂みにも、イヌツゲやツツジにサツキという定番のものから、萩に椿にと季節別に花を楽しめる、多種を取り揃えられている賑やかさ。野外音楽堂の周縁にはイチョウが数本あって、学園祭の催される10月末というと、微妙に色づき始める頃合い。とはいえ、今年は残暑が長引いたせいか、どこの梢もいまだ色づきの気配はなくて。
「イチョウはそれでなくとも楓や桜より遅いから、
ステージの背景色として意識する必要はないでしょね。」
マロニエの木立やアイビーの蔓が這う仕切り壁に囲まれた空間は、扇形の同心円状に並ぶ座席や、それが取り巻くステージも石作りという、いたって素朴な作りじゃああるが。毎年の学園祭では何かしらの公演が企画されているし、普段からも、お弁当を食べるカフェテラス代わりや、ちょっとしたグループの集まりなどに多用されていて。学舎からは離れているにもかかわらず、人の気配がそうそう絶えない場所でもある。
「とはいえ、満員になってるところを見たこともありませんが。」
「だってやっぱり遠いですからね。」
「………。」
「あ、久蔵殿、その斜(ハス)に構えた目線は何でしょか。」
「ヘイさんが遅刻しかかると、
そこの柵から入って来てショートカットするコースでもあるしと、
言いたいのでしょうよ。」
おおう、こんなところにもそういう隠し扉が? クリックすると視点変化があって、縄ばしごを発見となる訳ですね。
「どこの脱出ゲームですか。」(笑)
「もーりんさん、ハマってましたからねぇ。」
それでも、まさかテレビ番組にまでなるとは思いませなんだ。……それはともかくとして。(まったくだ)
「そろそろデザインを決めないと、
凝ったものだと誂えに回しても間に合いませんよ?」
お昼休み直前の四時限目が自習となったので、早い目のお弁当とそれから、学園祭でのシークレットライブに関する作戦会議にと。今日はまだ人気がない野外音楽堂に出て来ている、我らが三人娘さんたちだったりし。しょうが風味の甘辛しぐれ煮を詰めた三角おにぎりを手に、白百合さんこと七郎次が広げたスケッチブックを覗き込んだのが、ひなげしさんこと平八で。下級生4人で活動中のガールズバンドと、ひょんなことから縁が出来、助っ人として参加することとなった彼女らなのだが。7人という結構な頭数での演奏、しかもちゃんとした舞台を提供されてのそれなので、どうせならお揃いのコスチュームでキメましょうよと。装いに関してはちょっとうるさい七郎次が、コーデュネイトを買って出たはいいのだが。
“ちょぉっと目を離すと、とんでもないことになってますからねぇ。”
ボンテージ系へ走ってみたり、そうかと思や、超ミニのチアリーダー風、チラ見せ用のアンダースコートどころじゃあない、丸見えになりかねぬ“見せパン”つき…なんてのに突っ走るものだから。自分たちが着るものなだけに、時折こうして進行状況を拝見し、逐一チェックを入れないと、危ないったらないとは。平八や久蔵のみならず、後輩のお友達たちも不安がってる懸念材料だったりし。
「あ、これ可愛いvv」
「でしょでしょvv」
体のラインを出すようにという狙いだろう、タックの多い、ダブルボタンのジャケットに、タータンチェック柄のひだスカートの組み合わせ。シルエットはかっちりとマニッシュだけれど、ミニスカートに合わせたニーハイソックスが愛らしく。ショートブーツ丈の編み上げ靴がまた大人っぽい。だがだが、
「○KB48。」
「あ…そういえば。」
「バレたか。」(笑)
久蔵、よく知ってましたねぇ。
兵庫が。(…お好きなんでしょうか)う〜ん
ちなみに、こっちに ぱ○ゅーむVer.もありますが。
こらこらシチさんたら。
そうかと思えば、ゴスロリかメイドさんか、レースのフリルつきカチューシャと、漆黒のワンピに純白のエプロンドレスという組み合わせの、ロマネスク・ファンシーなデザイン画もあったが、
「コンセプトを伺ってもいいですか?」
「ロマンチック・キュートですvv」
なんだったら、○リキュア・コスってのもありじゃないかとvv
だから趣味に走らない。
「第一、彼女らがあの練習場で着ていたのは、
体育の授業用のトレパンでしたが。」
「ギグで着せたのも、
俺たちがちょっと手を入れたTシャツとスコートだった。」
「ううう……。」
あくまでも清楚なお嬢さんたちの演奏なのであり、どちらかといえば、お元気で溌剌とした乙女たちという方向で、検討するのが無難なのではなかろうか…と平八が主張し。でもでもお披露目の場なんだから、多少はおめかしさせたいよぉと、七郎次も粘って見せたので、
「……では。」
久蔵の手が、ウサちゃんの持ち手つきフォークからサインペンをと持ち替えて。一番最初に見た、萌え制服風のミニスカートスーツにちょちょいと手を加え。頭には大きめのベレー帽。肩から腰へ、斜めがけにしたストールを、ちょみっと豪奢な組紐付きエンブレム・ブローチで留めるようにと付け足して。なんちゃって“スコットランドの民族衣装”風へと傾向を変えれば、
「あ、これはいいvv」
「そうですねvv
いっそ足元もニーハイは辞めて、
ミディ丈の編み上げブーツにしちゃいましょうか。」
やっぱりガールズバンドの“すきゃんだる”風じゃああるけれど、
あちらさんはあくまでも女子高生の制服コンセプトだから、
そうそうかぶっちゃいないはず。
秋色ということで、キャラメル色とかブラウン系で統一しましょう。
楽器も見せたいから、ジャケットはクリーム系のマロン辺りかな?
「襟のリボンで学年分けしましょうか?」
「あはは、それもいいかもvv」
するするっと話もまとまり、やっとのことで発注にまで漕ぎつけられそうとあって。そんな冗談めいた話まで飛び出すほどに余裕の出たところで。
……で。先日のモンブラン、どんな功を奏したんですか?
「え?」 「はい?」 「………?」 ×3 //////////
◇◇
医院の診療時間前、お茶の時間には何とか間に合ったが、久蔵がお土産の化粧箱を出す前、先に兵庫せんせえが手を延べてきたのは、
「体育祭のリレーで、お前 微妙に手首をひねってなかったか?」
「???」
顔を合わせなんだ間もずっと案じてくれてたらしく、だがだが、当事者である久蔵自身には覚えのなかったこと。
「〜〜〜?」
よ〜くよ〜くよ〜く、小首を傾げて思い出してみても、バトンを渡されたおり、ちょっとぎくしゃくしたかな…というのしか、それらしいことは思い当たらなんだのだけれど。見せてごらんなと左手を取られ、この時期にはデフォルトな少し冷たい指先を軽く包み揉むようにしながら、もう一方の手で手首をあちこち掴んでは反応を見てくれて。
「痛いところはないか?」
「〜〜〜。(否)」
あ、こういう時は頷くのかなと。かぶりを振った後、頷いても見せたのを、何をやっているのだと苦笑されての、だが、納得はしてもらえたようであり。
「日が経ってから痛むこともあるが、
もう数日ほど経っているしな。平気なら大丈夫かな。」
そう言ってこちらの手を検分してくれる、指の長いきれいな手。それでも、今の久蔵の小さな手に比べれば、一回りは大きい頼もしい手だ。七郎次もよく案じてくれる指先の冷たさを、彼もまた、もっと小さいころからずっと、案じてくれており。ちゃんと動くのか? 痛くはないか?と言っては、こうして暖めてくれるのが常のことになっていて。小学生までのバレエやピアノの発表会では、出番の前にそうしてもらうのが、落ち着くための一種のおまじないになっていたほど。今ではさすがに、そういう儀式もしなくなっているけれど、こうして優しく扱われるのは、やっぱり嬉しいし大好きだなぁと思う。
「……。/////////」
いつぞやに見ず知らずの男に掴まれてぞわっと悪寒が走ったのは、実は…今でも微妙に理屈が判っていない久蔵で。七郎次や平八、兵庫に同じように掴まえられても何ともなかったものが。何というのだろうか、荒々しさとそれから、得体の知れない感覚が襲って来。怖いというのか、気色がよろしくないという感覚に襲われ、同じ“手”だろうに、そのあまりの落差に驚いたのであって。
『見ず知らずの男に手ぇ掴まれて、
何ともないような蓮っ葉な娘へ育てた覚えはない。』
そっか、そういうのへは嫌だとか気持ち悪いと感じてもいいんだと。自分が妙に過敏症になった訳じゃあないんだと。兵庫の言にて、やっとのこと不安を取り払ってもらえたものの。その“違い”は今もって微妙に未決のままというから、
……兵庫せんせえ、
うかーとしていると、どこやらの結婚屋に奪られちゃってもしらないよ?(苦笑)
「で? 手が何ともないなら今日はどうしたのだ?」
「〜〜〜。///////」
「? 菓子か?
あ、この箱ということは、何か作ったのだな?」
「…、…、…。(頷、頷、頷)」
「どれ……おお、モンブランか。これが手製だと?」
「…、…、…、…。(頷、頷、頷、頷)」
「そうか、大したものだな。
…これだけフィルムが模様入りなのはどう違うのだ?」
「えと……。」
「待てよ、そうか。ラム酒が入っていないのだな。」
「〜〜〜。////////」
未成年だからか、それとも、ちょみっとでも飲むと酔ってしまう体質を、前世のまんま持って来た久蔵なのでという“作り分け”をしたものか。それへと照れてか、それともあっさり読まれたことへか、見る見ると真っ赤になった少女を前に、何とも優しく、目許和ませたせんせえであり。それではご相伴にあずかろうかなと、家令の各務さんへお茶の支度をお願いし。時々とっぴんしゃんなものの、昔に比べりゃ可愛げのほうが満載な、それはそれは愛らしく育った自慢の愛娘、もとえ久蔵とともに、優しい秋の午後というひとときを堪能なさったようでございます。
くどいようだが、うかーとしてると…………。(苦笑)
◇◇
女学園に程近い立地だということもあってか、お客層がお行儀のいい早上がりのお嬢様ばかりなせいで、夕食どきの時間帯以降は開けておいても閑古鳥。そんなであるがため、予約が前以て入っていない限りは、普通一般の甘味屋に比して随分と早じまいな“八百萬屋”であり。店で客へと供す、スィーツや軽食の数々もそうだが、同居する平八とともに食す食事も、朝晩と五郎兵衛が手づから作るというから、どれほど器用、且つ働き者な男であることか。今宵は、半熟のゆで卵をミンチでくるみ、パン粉をつけてフライにして揚げた“スコッチエッグ”に、練りもののテンプラと小松菜を薄めの甘辛味に煮付けたおひたし。ビーフンの野菜炒めに、中を刳り貫いたトマトへポテトサラダを詰めた、平八の命名“真っ赤なボム”というラインナップであり。それらを美味しくいただいてから、栗の冠雪が乗っかった、可愛らしいケーキが居間の茶袱台にお目見えしており。
「ゴロさんにとっては“お持たせ”みたいなもんでしょが。」
メインにあたろう栗のクリームに使った甘露煮は、彼が調理した代物だ。なので、ほとんどを彼自身の手により作ったようなものと、言いたいらしい平八だったが、
「何を言うのだ、ヘイさん。」
気に入りのシャツの袖を小麦粉で白くしながら。味見をし過ぎて作り足すこととなった、ホイップクリームの泡立てに“やぁねぇvv”と弾けるように笑いながら。底に敷くスポンジがなかなか真ん丸にならないと、あちこちから茶筒やコップをかき集めて片っ端から刳り貫いた挙句、こちらもやはりもう1枚焼き直した手筈のお茶目さが、どれへも甘く染みているケーキなのだから。
「美味しいに決まっておろう。」
眸を伏せ、しみじみと言い放った銀髪の壮年殿へ、
「…もしかして覗いてましたか、ゴロさん。」
どんだけにぎやかに作っていたのかを、あまりに的確に言い当てられたからだろう。微妙に斜(ハス)に構えてしまった平八だったのも ままご愛嬌。印刷のないフィルムのを食べてくださいね、こっちは私の、ノン・アルコール仕様のですと。紅茶を淹れながらの説明も淡々としているが、どれだけアルコールに弱い彼女かはお互いにようよう知っており。
「前世では結構強かったんですのにねぇ。」
「そうだったの。飲み比べをしても決着はつかなんだ。」
静かなお声でのやり取りは、そこだけを聞いていると長年連れ添い合った夫婦もののようでもあったが、
「……身の丈は小さくとも、
肝っ玉だけは大きい、
おおらかな人性になっていると思っておりましたのにね。」
ティーカップを並べつつ、ぽつり呟いた平八だったのへ、
「……。」
小さく瞬きこそしたものの、視線も揺らさぬ五郎兵衛だということは。彼の側でも、このところの平八が微妙な心理でいたこと、薄々感じ取っていたということだろうか。そして、そんな彼だということが、平八へも何かを伝えたようであり。
「アメリカ生まれで開放的に育ったその上、
学校でも朗らかなひなげしさんとして通っておりますのにねぇ。」
その小さな手が、Tシャツ越しでも豊かな美しさを重々感じさせる胸元に当てられて、
「どうしてか 此処の中には、随分と小さな肝しか備わってなかったみたいで。」
上げられたお顔のふくふくした頬や口許には、ちょっぴりしょっぱそうな笑み。器用だし、空気を読んでの人を癒すのが得意だし、忍耐強いし、それより何より、今時には稀なほどにしっかと男らしいし。そんな五郎兵衛を、自分以外にも慕う存在があったとしても、こうまでいい人なんだもの、落ち着いて考えれば当然のことだろうにね。それに、そうだというのは、この彼の思惑とは全然関係のないところでの問題だ。そういった理屈、他の人の上へかざされた問題なのだったら、あっさりと割り切れた答えも出せただろけど、それが出来ないうじうじした自分を自覚しているが故。他でもない自分で、嫌な女だなぁと思えてしょうがない平八でもあるらしく。
「…もしかして、妬いてくれておるのかの。」
「もしかして、なんてもんじゃありません。」
小さなデザートフォークを振り回しかけ、ハッとして思い直したか、ふしゅんとしぼんだ小さな肩。そこへと…茶袱台越しに手が伸びて来て。え?とお顔が上がったその拍子、いかにもな悪ふざけでだろう、軽く立ててあった親指が、赤毛の少女のやわらかな頬にその先を埋めている。
「もう…。/////」
「あはは、済まぬな、真面目な話だのに。」
茶化してはいかんわなぁと笑った五郎兵衛の言いよう、終わりのほうで、その響きが真摯なそれへと塗り変わっており。静かに響いたその語尾へ、ハッとし息を飲んだ平八だったの、今度こそ愛おしいという眼差しでじっと見やる壮年の男だったのへ、
「知りません、ゴロさんがいい男だから悪いんです。///////」
精一杯の詰言を、優しくも甘い言いようでぶつけたお嬢さんであり。
“困ったことよの。”
自分の方こそ、どれほどの忍耐をこちらに強いているものか。こうまで愛らしい存在なのも含め、絶対に気づいていなかろに。同じような我慢を強いられ続けの勘兵衛殿との、
いわば競争のようなものだわいと、その内心で、それこそしょっぱそうに苦笑した五郎兵衛殿であったらしい。
◇◇
「…で、久蔵殿はバイオリンも弾けるそうなので、
だったらアタシがピアノを受け持って、
バラードや静かな曲も演奏出来ますねぇって方へ、
話も広がってるんですよ。」
躾けの行き届いたとはこういうのを言うものか。他愛ない内容だとはいえ、勘兵衛には一番に訊いてほしいそれだろう、話をしながらだというのに。それは美しくも無駄のない所作にて、白磁のティーポットを手際よく傾け、薫り高い紅茶を淹れてしまえる、小さな手の神々しさよ。どうぞと受け皿つきで供された紅茶を見届けておれば、金髪の少女のお顔が上がって、だが、
「やだ。勘兵衛様、ちゃんと聞いてらしたのですか? アタシの話。」
「? 聞いておったぞ?」
うそです。だって久蔵殿がピアノだけじゃなくバイオリンも弾けるだなんて、アタシだけじゃない、ヘイさんもゴロさんもビックリしておりましたのにと、つけつけと続けてから。余程のこと、話半分に相手をされたのが癪だったか、霞をおびているような白い横顔をこちらに見せての、つーんとそっぽを向く七郎次だったが、
「そうは言うが、
儂には、あやつがクラシックバレエをこなせるところからして、
仰天は臨界だったからの。」
確かに身が軽いという印象はあったが、相手を踏みつぶし蹴り飛ばしてやるという種の、勢いのあるものしか思い浮かばなんだので。まさかにあんな優美な芸術に関わっていようとはと、
「本人の線の細うなった姿を見るまでは、どういう冗談かと思ったものだ。」
この自分との刀での決着をと望み、それを待ちつつという合戦の中、不遇にも先に逝ってしまった夭折の天才剣豪。薄っぺらいカミソリというよりも、荒く割られたガラスの破砕面のように。刹那的に鋭いだけじゃなく、粗削りで猛々しい、そんな力強い攻性をも、裡(うち)に秘めていた青年だっただけに。それが少女に転生していたと言われても、なかなか信じ難かったそうで。
「そうでしたね。勘兵衛様は、ゴロさんを通して先に御存知だったんだ。」
自身の記憶が戻るのさえ、一番遅かった七郎次なのだから仕方がないとはいえ。昨年の春先に互いに顔合わせをしたと同時、過去の関わりやら遺恨やらも思い出してた平八や久蔵なのだということが、今は正直、ちょっぴり羨ましい彼女であるらしく。
「もっとたくさん、お姿を見せてくださればよかったのに。」
「無理を言うな。」
それでなくともこちらは警視庁勤めの警察官だけに、良家の女子高生となんて接点が無さ過ぎる。平八や久蔵を思い出し、それからという順番になったのは、今現在の彼らが置かれた、それぞれの境遇の差異のせいとも言えて。それへと駄々をこねられてもなと、芳しい紅茶をありがたくも頂戴しておれば、続いてどうぞと勧められたのが、愛らしい黄色のモンブラン。
「手作りだそうだな。」
「はい。頑張りましたvv」
時々、菜箸やら包丁やらを持つ手に、何かしら二重写しになるような気がするのは、以前のアタシならもっと手際よくこなせたからなんでしょうねと。今の“生”では微妙に、厨房には縁遠かったのが口惜しいらしい言いようをする。
「これにしたって、久蔵殿のほうが上手なのですよ?」
「ほほぉ。」
テーブルマナーはとっつかっつですし、お魚の小骨を取り除くのは相変わらずに苦手な久蔵だそうですが。ケーキを焼くのは小学生のころから親しんでいたとかで、スポンジを焼く一連の手際は、本当に手慣れておいでですものと。それだけではなく、自分は自分でかつての器用さを忘れていたことも加わっての、ずんと大きな引き離されようが、微妙に寂しいか口惜しいか。口許を小さく歪めたお嬢さんなのが、
「………何ですか?」
「いやなに。」
大昔の話を引き合いに出してもいいものか、正規軍に上がって来たばかりの頃のお主を思い出してのと。微妙にほほえましげに笑った勘兵衛だったのへ。たちまち“う…っ”と口ごもったところを見ると、そちらは覚えていた七郎次であったものか。
「血気盛んで、修練の場ではなかなかに筋のいい腕前を披露しておったが。」
「覚えておりますよ。
双璧の方々との手合わせで、それはあっさりと竹刀を落とされて。」
お二人に勝てたらでないと、
勘兵衛様との直接の手合わせなど十年早いと……。
「? 七郎次?」
自分の前へも取り分けた愛らしいケーキへ、小さなフォークをかざしたところで、その手が止まった金髪の美少女だったのへ。如何したかと勘兵衛が声をかけたのと、
Pi pipipi、pipipi、pipipipi……と
テーブルに置いてあった警部補殿の携帯が、着信ですよと素っ気なく鳴り。手に取った勘兵衛が、さ…との第一音を放ったその途端に、
「佐伯さん? いいえ、征樹殿ですね? 七郎次ですっ。」
【 え? あ、や、えと…?】
ここまでの早業はギネス級と言っても過言じゃあなかろというほどの、それはそれは見事な横薙ぎ一閃。白い疾風が鮮やかにモバイルを奪い取り、その白い頬にいや映える、小さく偏平な黒い筐体へ、懸命に話しかけている七郎次であり。
「これまですみませんでした。あのあの、あたしっ!」
「シチ…。」
この逼迫のしようから、そうかと勘兵衛が思い当たることはただ1つであり。まあ落ち着きなさいなと、小さなテーブルを挟んで向かい合ってた少女の傍らへ移動してやれば、
「だって、あの、アタシ…。」
今すぐにでも本人へ、山ほど詫びたいらしい心情そのままに、青玻璃の双眸をいっぱいの涙に潤ませている彼女であり。
あんなにもお世話かけたのに。
あんな苛酷な時代に、幼い身で戦地へやって来た少年兵へ、
苦痛や苦労、少しでも肩代わりしてやろうとばかり、
いっぱいいっぱい可愛がっていただいたのに。
そんな大事な人を、今の今まで忘れていたなんて…
「勘兵衛様を思い出せなんだだけじゃなかったんですね。」
なんてまあ、罪なことばかりしている今の“生”の私かと、それに気づいてのことだろう、勢いよく真っ赤になったかと思えば、今は少し青ざめてさえいるような震えよう。すぐの傍らに腰を下ろすと、そのまま…小刻みに震えている細い肩を掻い込むように抱き締めてやり、ほれお返しと携帯を取り上げれば、
「とうとう思い出してしまったらしいですね、おシチちゃん。」
電話の向こうの君にも同様な想いが沸いていたらしく、どこかしみじみとしているらしい声がして。
「ああ。今の今、いきなり思い出したらしい。」
モンブランを見ていてだがの。
何ですか、そりゃ。
正確なことを並べるには、直に逢っての方がよろしかろう。それで、一体何の呼び出しか。ああ、そうでした、広域手配犯197号が身柄拘束されたそうで、と。本来の用件を述べてから、
「次に逢うのが楽しみですね。」
くすすと微笑ったお声を最後に、通話を切った佐伯さんの気の利くところ、ああそうだった、そういうお人だったと、あらためて思い出しているらしき可愛らしい少女を抱いて、
ああ、しまった。
この態勢では、
それはたいそうな忍耐を強いられることとなりそうぞと。
今更ながらそんなことを思い知らされている壮年殿。啓発の木の実と言えばリンゴが相場だが、こちらさんでは栗の実が、それにあたったようであり。落ち着いてはいるが渋い色目に埋められた島田さんちのリビングで、唯一可憐で瑞々しい存在だった少女をその腕にしたまんま、困った困ったとの苦笑を噛み殺す警部補殿であったらしい。
おまけ 
「どうしましょう、勘兵衛様。」
「? 如何した?」
「アタシ佐伯さんに、いやさ征樹殿に、
実はずっとずっといい感情を持ってなくって。」
「?? どういうことだ?」
「だって、いつもいつも一緒においでなものだから。
今の生では、あのお人が勘兵衛様の古女房みたいなお立場においでかと。」
「………おいおい。」
「親切にしていただいていたのに、
いつもお側にいるなんてって羨ましくてしょうがなくて。
思い返せば、素直に笑ったり出来ないでいたような気がします。」
「まあ、その辺は本人へ謝るのだな。」
はい、そうしますと素直に頷いた七郎次。
そのまま言い足したのが、
「婦警の方々も、
勘兵衛様と佐伯さんって 時々怪しいなんて仰せでしたし。」
「……どこの交通課か生活課の婦警だ、そりゃ。」
目星はついているのですね、勘兵衛様。(苦笑)
〜どさくさ・どっとはらい〜 10.10.15.
*微妙に関係ないかもですが、
あの“マリア様がみてる”実写版が11/6にロードショーだそうで。
ドラマ化、映画化、舞台化と、
まんが原作やアニメ作品の実写化って多いですよね。
ひところは、読者それぞれにバラバラなイメージがあるんで、
誰をキャスティングしようと抗議されて無理と言われてたのに。
今はよほどにイケメンや美少女があふれているものか、
どれも おおむね好評ですものねvv
(アジがチキンラーメンに差し替えられてた“笑うミカ○ル”は、
個人的には微妙でしたが…。)笑
特に舞台版は、
SMAPが“聖闘士☆矢”をやったのに始まって以降、
あの“セーラー○ーン”がアニーばりのロングラン決めの、
ジャンプ原作のミュージカルが立て続きのとした背景には、
特撮ものへのファンとも微妙に違う後援層があるのだそうで。
NHKさん、やっぱり“SAMURAI7”も再放映しましょうよ。
めーるふぉーむvv 


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